理事長雑感② パール・バックの施設選びの観点

 私の手元に「母よ嘆くなかれ」(1950年10月出版、松岡久子訳)の初版本があります。学生時代に高田馬場の古本屋街を歩いていて目にして(喜んで)購入した本です。発行から75年の歳月がたち、紙は朽ちてバラバラになる寸前です。読んだことのある人もいるかもしれませんが、この本は小説「大地」でノーベル文学賞を受賞した作家であるパール・バックの手記であり、我が国の知的障害を有する子どもの親たちにも大きな勇気と希望を与えた本です(なお、育成会が1952年に出版した「手をつなぐ親たち 精神薄弱児を守るために」の本には、パール・バックが序文を寄せています)。

 「母よ嘆くなかれ」の原題は、The Child Who Never Grew(決して成長しなかった子ども)であり、パール・バックの娘キャロラインを指しています。大人になれなかった子どもというのは、今日では差別的かもしれませんが、当時の教育観・発達観を反映している用語でしょう。パール・バックは、我が子が知的障害児であることを知り、嘆き悲しむ中で子育てをし、我が子にとって最善の生活の場・幸せな生活の場を探すために、中国からアメリカに渡り、全国各地の施設を見学して回ります。そしてキャロラインが10歳の時、ニュージャージー州のヴァインランド訓練学校に預けることになりました。

 施設に入所させるといっても、現在のような状況ではありません。1930年当時のアメリカの知的障害者収容施設は、州立施設はコロニーと呼ばれ、大勢の子どもを収容しており、不適切な処遇をしている施設も多くありました。また私立の収容施設もありましたが、非常に費用も高く一般の人は利用できないものでした。パール・バック自身が納得できる「施設さがし」は「長く悲しい旅」だったと語っています。

 そして数多くの施設を見学し、パール・バックが至った施設選びのポイントは、「わたしは園長にふさわしい人が学園長をしているところを探すのが良いのだ。と悟りました」「運動場と、最低限の清潔さがあって、世話もよいという条件のほかに、あとはふさわしい人――そうです、温かみがあって、人情味の溢れた人を求めるだけにしました」と述べています(母よ嘆くなかれ、伊藤隆二訳)。

 今日、我が子をグループホームに入所させる時にGHを選ぶ観点も同じであり、やはり運営者の理念と経営方針そして実際の処遇状況(支援員の対応)を評価していくことだと考えます。それにはパール・バックのように自分自身が納得のいくGH探しをすべきだと思います。数多くの施設・GHを見ることにより、施設選びの目は越えていきます。

 ところで、知的障害のある子どもは施設に収容保護(教育)したほうがいいというのは、当時のアメリカの思想です。この時期は、障害者は隔離すべきであるという優性思想も蔓延していました。パール・バックも当然ながらその考え方に影響を受けており、施設入所という選択をしたのだと思われます。私たちの生き方・考え方はその時代の思想に大きく影響されるものです。今日、インクルージョンという言葉は浸透しつつありますが、この理念を実現するには社会全体がこの理念・思想を理解し、そして制度化していく必要があり、今後長い時間がかかると思われます。 (2025.6.5 記)

\ 最新情報をチェック /