理事長雑感④ 優生学(優生思想)と知的障害者

 7月になりました。今から9年前2016年7月に起こった津久井やまゆり事件は、今なお記憶に新しく、そして忘れてはならない事件です。植松死刑囚の個人的要因(人格障害、薬物依存・・)が事件の背景であることは言うまでもありませんが、なによりも彼が犯行に至った考えである優生思想が犯行に至った最も大きな要因だと思っています。そして今も優生思想を信じる人も少なくなく、社会として優生思想を払拭していかなければいけない問題です。

 さて、今回は優生学が生まれた背景をみていきましょう。優生学を唱えたのは、イギリスのフランシス・ゴールトンです。進化論で有名なチャールズ・ダーウィンは彼のいとこであり、ゴールトンは「種の起源」に影響を受け、遺伝研究を始め、やがて悪質の遺伝形質を淘汰し、優良な遺伝形質を保存することを目的とする優生学を19世紀後半に首唱したのです。

 優生学は、瞬く間に多くの国で支持されるようになりました。当時、精神障害や知的障害(白痴・痴愚・魯鈍)は遺伝によるものと漠然と考えられており、それを実証するための家系研究が行われます。有名な家系研究の一つが、心理学者ゴッダードによるカリカック家の研究(1912)です。彼は、「精神薄弱児のためのヴァインランド訓練学校」にいたある女性の系譜について6世代にさかのぼって調べたところ、マーチン・カリカックという人物にたどり着きます。彼は、南北戦争の頃、居酒屋の精神薄弱と思われる女性と関係を持ち、「劣った」子孫を作ります。その後敬虔なプロテスタントの女性と結婚し、「健全な」子孫をなしていきます。この2つの子孫、なんと5世代1000人以上の調査をしたところ、「劣った」家系ではその多くが精神薄弱者・犯罪者・売春婦であったのに対し、「健全な」家系ではそのほとんどが心身ともに健全で優秀な人物だったという結論です。この研究は当時の人々に信じられて、アメリカでも精神薄弱者を生み出さないように断種法の制定や施設への隔離という優生学的な政策の後押しとなりました。

 さて、この研究方法について「本当に5世代前の人が優秀であったかどうかわかるのか?」という素直な疑問を持ちませんか?私は、私自身の池本家の家系について位牌をもとに調べたことがあります。私の6世代前の池本家の始祖(?)は、喜蔵という人物で1860年に亡くなっている人物です。子どもは6人いましたが、長男の喜助は1830年に亡くなっています。150年以上も前の時代の人物について、誰に障害があったかどうか絶対にわかるはずがないと思いませんか。後からゴッダードの研究についてもその研究方法・資料の杜撰さに批判が行われますが、1960年代の心理学の本にもカリカック家の家系の図が掲載されるなど多大な悪影響を及ぼしました。家系研究そして優生学は、明らかに似非科学というべき存在ですが、「陰謀論」と同様に多くの信奉者を生み出し、今なお世間に蔓延っている考え方です(植松死刑囚はそれを信じて実行したわけです)。

 現代は、SNSなどを通してフェイクニュースや陰謀論がより蔓延しやすい状況であるが故に、エビデンスやきちんとした根拠のある考えかどうか判断していく力が、より強く求められているように思います。

追記:歴史的用語として、精神薄弱など差別的な用語を敢えて用いました。 (2025.7.13記)

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