理事長雑感⑫  小杉長平の「親亡き後」考

 古い書類を処分していたところ、黄ばんだB5判1枚のレジュメが出てきた。「親なきあとのこと」というタイトルで、すぎな寮寮長・小杉長平氏によるものである。小杉先生(1909~1983)は栃木県足利市の出身。1947年、品川区立大崎分教場(後の青鳥養護学校)の初代担任となり、その後青鳥養護学校の校長も務め、戦後の「精神薄弱児教育」を作り上げた人物の一人である。このレジュメはすぎな寮寮長の肩書なので1971年以後のものである。1970年代にはすでに「親亡き後のこと」が重要な課題として意識されていたのである。せっかくなので、レジュメの全文を掲載させていただく。

 親なきあとのこと                        すぎな会寮長 小杉長平

親亡き後の施策というか,それは,親のいるうちになすべきことをしておくことからはじまる。

その第一は,わが子を「人を愛し, ひとに愛される人間」に育てることである。これは親のできる最高の仕事である。

その第二は,どんなに重い障害をもっていても,その人なりに,できるだけ働いて「生産のよろこびを感じる人」に育てることである。いうまでもなく,生産とはものを作ることだけではない。自分のしても、らっているお世話を少しでも減らす努力をすること, 少しでもいいから何かお手伝いをすること,などまで含んでいる。

親や指導者は,彼らの行為や,努力をほめたり,その仕事に対して感謝することが, 彼らのよろこびになっていくということである。

その第三は,知恵遅ればかりでなく,併せ持っている障害についても,専門家の協力をいただく事である。すなわち早期発見・早期治療・教育・訓練である。

 その第四は, 親がなすべきことを十分した後は、安心してこの子を託せる人や機関や組織に託せばよい。そのためには,つぎのこともしておくことがぜひ必要となる。

・この子の兄弟をよく育てておく。

・この子に大変気の合う友達を作っておく。

・隣近所の方々がよくしてくれるようにしておく。

・掛かり付けのよい医者と相談者(この子の身体の健康状態や癖についてよく承知している)をもっておくこと。 

・この子にあったいろいろな専門機関をよく知っておくこと。

(進学・就職・結婚・その他相談指導してくれるところ)

・こういう子を持ち悩んでいる仲間たちの集団に属しておくこと。

・その集団の一員として,わが子の事だけでなく,その集団全体のために親・兄弟が働いていること。

以上のことをできるだけ一所懸命しておけば,状況に応じた対策がとれていくことは間違いありません。

 1970年代といえば、ようやく養護学校義務制へと向かう過程にあり、障害のある子どもたちの教育保障が制度として整いつつあった時代である。しかし教育の場が広がる一方で、卒業後の生活、すなわち「親亡き後」の生活保障は依然として脆弱であった。そのような状況の中で、小杉は「施策」を外在的な制度要求として語るのではなく、「親のいるうちになすべきこと」という主体的課題として提示している点に、大きな特徴があろう。

 そして、半世紀を経た今日、グループホームや地域生活支援の制度は整備されつつある。しかし、「安心して託せる」と言い切れるだけの質と量が確保されているかと問われれば、なお道半ばである。小杉のレジュメは、単なる時代の記録ではない。それは、親の責任を超えて社会の責任へと接続していく思考の出発点を示した文書である。「親亡き後」とは、親がいなくなった後の問題であると同時に、親がいる今、何を準備するのかという現在進行形の問いでもある。その意味で、小杉長平の言葉は、今なお私たちに宿題を投げかけている。

  ※「知恵遅れ」という現在では不適切とされる用語は、原文のまま掲載した。

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