理事長雑感⑬ 本能と理性

 桜の開花とともに、雉の求愛の鳴き声が聞こえる頃となってきました。ある年の夏、畑の周りの土手を刈払機で草刈りをしていたときのことです。突然、雉が鳴き声とともに片翼をだらりと下げて飛び出してきました。私は、刈払機で怪我をさせてしまったのではないかと思い、思わず手を止めました。その様子を見ていると、雉は羽をばたつかせながら、あたかも飛べないかのように振る舞い、もがくようなしぐさで後ずさりしながら離れていきます。そして、やがて畑のほうへ飛び去っていきました。

 雉が飛び出してきた場所を確認すると、巣には数個の卵が残っていました。いわゆる「偽傷行動」であり、我が子(卵)を守るために敵を巣から遠ざける行動です。もちろん、雉が幼い頃に親の行動を見て学習したものではなく、本能によるものです。

 本能といえば、キタキツネやオオカミなども、子育てを終え、子どもが成長してくると、母親は巣穴から子どもを追い出すといわれています。興味深いことに、オスの子どもが再び巣に戻ってきても決して受け入れない一方で、メスの子どもは場合によって巣に入ることを許すこともあるそうです。これもまた、本能のなせる業といえるでしょう。

 一方で、人間における親離れ・子離れは、本能というよりも理性によって行われる側面が大きいといえます。人類が進化の過程でヒトから人間へと変化する中で、本能だけでなく理性や感情によって行動する存在となってきたためでしょう。「親は子がいくつになっても子どものことが心配である」というのは確かに真実です。しかし、子どもが成人したならば、親もまた子離れをしていく必要があるのではないでしょうか。

 親は、子どもが小さい時から子どもの人格を尊重し、その独り立ちを見守る存在であることが求められます。たとえ知的障がいのある子どもであっても、成人すれば一人の大人として向き合い、近い将来を見据えて自立に向けた機会を整えていくことが大切であると考えます。

 もちろん、人間は理性だけでなく感情にも左右される存在であり、子どもへの愛情ゆえに、なかなか子離れができないこともあるでしょう。しかし、親が高齢となり、やがて亡くなるときには、子どもを社会へと送り出さなければなりません。そのときになって初めて一人暮らしを始めるよりも、若いうちから経験を積んでおくことが重要ではないでしょうか。

 家族のあり方はさまざまであり、多様な価値観が存在することは言うまでもありません。しかし一方で、将来を見据えて備え、行動することができるのもまた人間の特性です。動物の世界には、いわゆる「8050問題」は存在しえず、また過去の人間社会においても、これほどまでに問題視されることはなかったでしょう。孤立化が進みつつある現代社会だからこそ、8050問題も社会問題として顕在化してきたのでしょう。フォームの終わり

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