理事長雑感⑱ 「先生、私が説明します」
あるお母さんが、障害のある息子さん(仮名アキラ、40歳)を連れて病院に行きました。
診察室に入ると、先生が息子さんに、「アキラさん、今日はどうしましたか?」と聞きました。
アキラさんが「あのー、僕は・・」と言いかけたその時です。お母さんがすかさず、「先生、私が説明します。」(笑)
「昨日の夜からちょっと熱がありましてね。夕食はいつもより少なかったんです。それから、夜も少し寝つきが悪くて……」
「そうですか。アキラさん、どこか痛いところはありますか?」と本人に聞こうとすると、「お腹じゃないですかね。昨日からちょっとお腹を押さえていたんですよ。」
先生がさらに、「アキラさん、今日は朝ご飯を食べましたか?」と聞くと、「食べました。でも、いつもの半分です。いつもならパンを2枚食べるんですけど、今日は1枚でした。」……。
先生が質問する前に、全部答えてしまいます。(笑)
先生もだんだん質問するのをやめて、「……なるほど。よく分かりました。」となる。
ところが、診察が終わるころ、先生がふと思い出したように、「お母さん、ところで……」と聞きました。
母:「はい?」、先生:「今日ここに受診に来たのは、アキラさんですよね?」(笑)
これは、先日の研修会の冒頭でした小咄です。少し大げさにした笑い話ですが、聞いていたお母さん方の中には、「あるある」と頷かれた方もいたように思います。でも、考えてみれば当然のことなのかもしれません。お母さんは、長い年月を本人と一緒に暮らしてきました。
本人の表情や声の変化、好きなもの、苦手なもの、そして「今日はちょっと調子が悪いな」ということまで誰よりもよく分かっていることでしょう。だからこそ、本人に代わって話してしまう。そこには、本人のことが心配で、少しでも早く医師に伝えてあげたいという親の深い愛情があります。
しかし、「親亡き後」の生活を考えたとき、少し見方を変えてみる必要があります。もし、親がいなくなったとき、誰が本人のことを分かってくれるのでしょうか。親が分かっていたことを、誰が引き継いでくれるのでしょうか。「いつもと違う」ということに、誰が気づいてくれるのでしょうか。
だからこそ、親が元気な今のうちから、本人のことを、親だけが知っている状態にしておかないことが大切なのではないでしょうか。
本人の好きなこと、苦手なこと、得意なこと、大切にしていること、生活の中で気をつけてほしいこと。
そして、本人がどんな暮らしをしたいのか、どんな人生を送りたいのか。
そうしたことを、本人と一緒に考えながら、家族だけでなく、周りの人にも少しずつ知ってもらう。
そのことが、「親亡き後」の備えにつながっていくのだと思います。
そして、何より大切なのは、本人を中心として考える視点です。
「親亡き後」の生活・生き方を考えていくことは、単に親がいなくなった後の生活を準備することではありません。本人が、親がいなくなった後も、その人らしく、自分らしく、豊かな人生を続けていけるようにするための準備過程です。そのためには、親に守られる生活から、親がいなくても安心して暮らしていける生活へと、少しずつ移行していくことも必要になります。
そして、その準備は、親が元気な今だからこそ始めることができます。
研修会でお伝えした7つのポイント
① 親亡き後の準備は、親が亡くなる準備ではありません。
② 本人がその人らしい人生を続けられるための準備過程が、親亡き後の備えです。
③ そのためには、まず本人の人生を考えることから始めます。
④ 親だけが本人を支えるのではなく、本人を知り、理解し、支えてくれる人を増やしていきます。
⑤ お金や制度は大切ですが、それは本人の人生を豊かにするための手段です。
⑥ 人生設計は、親が一人で完成させるものではありません。本人、家族、支援者、地域が一緒になって作り、必要に応じて見直していくものです。
「親亡き後」を考えるということは、親が手を離すことではありません。本人の人生を、親だけの手の中から、みんなの手の中へ広げていくことなのだと思います。
(2026.9.13 記)

