理事長雑感⑲  「ふれあい社会」を求めて

 段々と秋らしい日が増えてきました。この季節に生活の中で意識して行っているのがウォーキングです。畑の野菜の様子を見たり、遊歩道の傍らに咲く植物を楽しんだり、季節の鳥たちとの出会いも楽しみの一つです(昨夕は、久しぶりにカワセミに出会い嬉しくなりました)。まさに、自然との「ふれあい」といえるでしょう。

 さて、明後日は「第24回 うつのみやふれあいスポーツ大会」が開催されます。今年の参加者は、障がいのある方約230名です。以前はもっと多くの方が参加していましたが、コロナ禍以降、参加者数は減少し、現在はほぼ横ばいの状態です。この大会の目的は、もちろん、障がいのある方々がスポーツを通してふれあい、交流することにあります。参加者同士やボランティアとの交流を楽しみ、スポーツを楽しむ機会となれば、それだけでも大きな意味があります。

 一方で、実際には、同じ団体や事業所の人たちとの交流はあっても、他の団体の人たちやボランティアなど、普段あまり接することのない人との交流は、それほど多くないのが現状かもしれません。最初の頃は、そのことを少し物足りなく感じていました。しかし、最近は「それでもいいのではないか」と思うようになりました。

 今、「共生社会」という言葉が盛んに使われています。障がいのある人とない人が、様々な場面で交流することは、もちろん理想の一つでしょう。しかし、いつも積極的に交流しなければならないということではなく、まずは同じ場所で、同じ時間を過ごす機会が増えていくことが大切なのではないでしょうか。例えば、私たちは「自然とふれあう」と言います。自然と向き合い、何か特別なことをするわけではありません。ただ、同じ空間に身を置き、その存在を感じ、季節の変化を楽しむ。それも一つの「ふれあい」です。

 人との関係も、同じなのかもしれません。障がいのある人とない人が、特別な関係をつくろうとするのではなく、地域の中で同じ場所にいて、同じ時間を過ごす。そうした何気ない「ふれあい」の機会が増えていけば、その中から自然な「交わり」や「つながり」が生まれてくるのではないでしょうか。

 「ふれあい」の先に、少しずつ「交わり」が生まれる。そして、その積み重ねが、誰もが特別な存在としてではなく、地域の一員として自然に暮らせる社会につながっていく。そんな「ふれあい社会」を思い描きながら、今年の「ふれあいスポーツ大会」、そして「ふれあい文化祭」に参加したいと思います。

 「ふれあい」とは、必ずしも言葉を交わすことでも、積極的に交流することでもありません。そこにいる人の存在を感じ、自分もまたその場の一員として存在すること。そんな小さな「ふれあい」から、人と人とのつながりは始まっていくのだと思います。(2026.10.15記)

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